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文化財の概要コンテンツ

文化財名称りゅうふくじほんどう
龍福寺本堂
指定国指定
市町山口市区分重要文化財時代室町時代
一般向け
説明
 龍福寺は山口市大殿大路にあり、本堂は桁行五間、梁間五間、一重の入母屋造り、檜皮葺の建物である。
 寺伝によると、白石の地に大内満盛が創建した瑞雲寺という寺があったが、1454年に大内教弘が龍福寺と改称した。大内義隆のとき、後奈良天皇に奏請して勅願寺とし、寺を再建した。しかし、その寺は大内氏滅亡のとき、兵火にかかって焼けた。毛利氏が防長平定後、1557年(弘治3)に、毛利隆元が後奈良天皇の綸旨(りんじ)を頂いて、大内氏の館跡、すなわち現在の地に龍福寺を再建し、大内義隆の菩提寺とした。しかしこの龍福寺本堂は1881年(明治14)に焼失した。その再建に氷上山興隆寺の釈迦堂を移築したのが現在の本堂である。
 興隆寺の釈迦堂は1521年(大永1)に建立されたものである。興隆寺は大内氏の氏寺で、その本堂にあたる釈迦堂であるので、規模は大内氏の財力勢力を示すに足る大建築である。柱や梁の材は巨大なものが使用され、やがておとずれる戦国時代の城郭建築をおもわせるものがある。様式は和様を主とし、わずかに禅宗様の手法が見られる。
小学生向け
説明
 龍福寺本堂は山口市にあります。現在の地に龍福寺が建てられたのは、室町時代末の1557年に、毛利隆元(もうりたかもと)が、大内義隆(おおうちよしたか)の菩提寺として再建したときです。しかし、1881年(明治14)に龍福寺本堂は火災で焼けたため、興隆寺(こうりゅうじ)というお寺の釈迦堂を移して建てました。それが、現在の本堂となっています。
 興隆寺の釈迦堂は室町時代の1521年に建てられたものです。興隆寺は大内氏の氏寺でした。その本堂にあたる釈迦堂ですので、規模は大内氏の財力や勢力をしめす大建築です。
画像<龍福寺本堂>縮小画像(オリジナル画像表示リンク)
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