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文化財の概要コンテンツ

文化財名称すみよしじんじゃのおふなうた
住吉神社「お船謡」
指定県指定
市町萩市区分民俗文化財時代
一般向け
説明
 7月下旬の吉日に行われる住吉神社の夏大祭の「御祭事始め」に神社の拝殿で、また、8月3日のご神幸祭に、町中の指定された場所で演じられる御座船唄。1555年(弘治1)毛利元就が、安芸(現在の広島県)の宮島で、陶晴賢を攻め滅ぼした時の戦勝の凱歌として伝えられ、毛利藩の御座船唄として、藩主乗船の際や新造藩船の進水などの時に、それを祝って演唱された。その後、1659年(万治2)に、住吉神社が勧請され、その御神幸にあたって、藩庁から、藩主の御座船を模した山車「お船」を寄進して、その船上で「お船謡」を演唱するのが慣習となった。しかし、藩政時代には、一般には演唱が許されず、藩の世襲的な役職である「お船謡舸子組」の家柄の者のみに限られていた。明治以後は、藩との関係を離れ、神幸祭の行事のうち、「お船」に関することだけは、浜崎在住の実力ある魚問屋が主催する住吉神社所管の祭祀行事となった。
小学生向け
説明
 7月下旬の吉日に行われる住吉神社夏大祭の「御祭事始め」と、8月3日の御神幸祭に、演じられる御座船唄です。1555年(弘治 1)、毛利元就が、陶晴賢との戦いに勝った祝い歌として伝えられたものが、毛利藩の御座船(藩主が乗る船)の唄として歌われるようになりました。1659年(万治 2)、住吉神社が迎えられて、その御神幸の時に、御座船と同じ形の山車「お船」を寄進し、その船上で、お船謡舸子組の家の者が歌うのが習わしとなり、明治以後は、浜崎の実力のある魚問屋が主催する住吉神社の祭り行事となりました。
画像<住吉神社「お船謡」>縮小画像(オリジナル画像表示リンク)

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