吉田松陰関係資料(松陰神社伝来)
よしだしょういんかんけいしりょう(しょういんじんじゃでんらい)
萩市
県
有形文化財
江戸時代
幕末期の思想家であり、松下村塾を主宰し多くの人材を育てた教育者としても著名な吉田松陰に関する資料のうち、松陰の実家である杉家に伝来したものを中心に、松陰の行動や思想、及び松陰が主宰した松下村塾の活動を知る上で、重要な資料である。
資料は文書、肖像画、所用品等に大別される。
資料の大部分を占める文書は、内容から松陰個人に関わるものと、松下村塾に関わるものとに大別される。
松陰個人に関わるものは、自身の日記、著作物、松陰が使用した書籍類など、天保6年(1835)から安政6年(1859)10月までの松陰の活動に関わるものを中心とする。
松下村塾に関わるものには、松下村塾で松陰が塾生と共に筆写した写本や、塾で使用した板木や印などが含まれる。
肖像画は、「絹本着色吉田松陰像(自賛)」の1点。安政6年(1859)5月、松陰が江戸へ送られる直前、門弟の松浦松洞が描いた松陰の肖像に、松陰自身が賛を入れたものである。
所用品等は、松陰が使用したと伝わる装束類(裃・火事羽織・陣笠等)などからなる。
幕末に、松下村塾において、多くの人材を育てた教育者として有名な吉田松陰に関する資料のうち、松陰の実家である杉家に伝わったものを中心に、松陰の行動や考え、松下村塾の活動を知る上で、重要な資料です。
資料は文書、肖像画、松陰が使っていた品に分けられます。
資料の大部分を占める文書は、松陰個人に関わるものと、松下村塾に関わるものとがあります。
松陰個人に関わるものは、日記、松陰が書いた書物、松陰が使用した書籍類など、1835年から1859年10月までの松陰の活動に関わるものを中心とします。
松下村塾に関わるものには、松下村塾で松陰が塾生とともに筆写した写本や、塾で使用した板木や印などがあります。
肖像画は、「絹本着色吉田松陰像(自賛)」の1点。1859年5月、松陰が江戸へ送られる直前、弟子の松浦松洞(まつうらしょうどう)が描いた松陰の肖像に、松陰自身が賛(その絵に関する詩や文章を書きそえたもの)を入れたものです。
松陰が使っていた品には、松陰が使用したと伝わる装束類(裃・火事羽織・陣笠等)などがあります。
吉田松陰関係資料(松陰神社伝来)
有形文化財(歴史資料)
平成24年12月7日
萩市大字椿東1537番地
松陰神社宝物殿至誠館
宗教法人松陰神社
天保6年(1835)~安政6年(1859)
311点
文書 293点
肖像画 1点
所用品等 17点
吉田松陰の没後、松陰の実家である杉家で小さな祠を建て松陰を祀っていたところ、明治40年(1907年)10月、伊藤博文らの尽力により、県社として松陰神社の創建が認可された。こうした中で、杉家を始めとする松陰の親族や松陰の門下生から松陰に関係のある諸資料が寄贈され、現在に至る。
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