紙本着色八幡縁起絵巻
しほんちゃくしょくはちまんえんぎえまき
宇部市
県
有形文化財
室町時代
宇部市小野の横瀬八幡宮の所蔵である。
巻子装で上・下2巻になっている。上巻は縦35.7cm、全長18.67m、下巻は縦35.7cm、全長13.73m。
この縁起は、八幡宮の祭神の一つである神功皇后の武勲や八幡宮の創立記、利生記を絵巻物形式で説いたもので、絵と詞書(ことばがき)が交互に配されている。
山口県域にはこれと同様な中世末の八幡縁起は、わりと多く残っている。
この絵巻には奥書は無いが、納箱に「八幡大菩薩御縁起二巻 永正十三年丙子五月十一日 勧進沙門徳在敬白」と墨書銘がある。絵も永正13年(1516)頃の制作と見てよい。絵は土佐派の様式をもち、樹木の描写などに写実性がうかがわれる。
これは、八幡宮の祭神の一つである神功皇后(じんこうこうごう)の武勲や、八幡宮の創立記などを絵巻物形式で描いたものです。
宇部市の横瀬八幡宮に所蔵されています。
上・下2巻になっていて、上巻の寸法は縦36cm、全長19m、下巻は縦36cm、全長14mです。
奥書はありませんが、納箱に永正13年(1516)の銘があり、そのころつくられたと考えられています。
山口県にはこれと同じような、中世末の八幡縁起が比較的多く残っています。
紙本着色八幡縁起絵巻
付 納箱一合
永正十三年丙子五月十一日勧進沙門徳在の箱書がある
絵画
昭和44年4月25日 (山口県教育委員会告示 第11号)
宇部市大字小野3658-3
宗教法人 横瀬八幡宮
室町時代 永正年中(1504~1520) ?
二巻
紙本着色、巻子装
上巻/下巻
縦 35.7cm/35.7cm
横 18.67m/13.73m
[外箱蓋裏墨書]
長州厚東郡末延郷四ケ小野横瀬八幡宮永々流通者也
八幡大菩薩御縁起 二巻
永正十三年丙子五月十一日 勧進沙門徳在 敬白
内箱の底にも復書
しかし1行目の「四ケ小野横瀬八幡宮」が、「四ケ小横八幡宮」と、省略がみられる。
横瀬八幡宮は宇部市上小野に鎮座在す。もとは末延郷四ケ小野と称し、末延郷内に属した。その創建は後醍醐天皇の嘉暦2年(1327)9月16日に厚狭郡末信村正八幡宮を大宮司志賀将監が勧請したといい、別の記録には嘉暦2年豊前国宇佐宮から志賀将監、志賀宮国が勧請し、厚東氏12代武政が建立したとある。何れにしても嘉暦2年創建されたものであろうと考えられるが、ここにひとつ考究すべきことは、正安年間の神像がある由に、あるいは勧請されたのは少し遡り、最初は他に鎮座され、後嘉暦2年に移されたのではなかろうか。
風土注進案の横瀬正八幡宮の宝物の条に、「一、絵入之縁起上下 巻、但し大宮司家に預かり居候」とあり、別に「神功皇后異國退治之縁起上下巻、尤 永正十三年五月八日、氏子中寄進」とある。これが本縁起のことである。
縁起2巻は箱に納めてある。外箱、内箱共に接合部の稜郭はくぼみをつけて漆を以って接着し、丁寧な細工である。内箱の底には左右2孔あて計4孔をあけ、紐を通して箱を結んだものであるが、この紐は現存しない。
箱書によれば永正13年(1516)5月11日、徳在が勧進したものである。徳在は如何なる人であるか、その履歴等は判然としない。おそらく当社の社坊の上位の僧と思われる。
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