銅鐘
どうしょう
山陽小野田市
県
有形文化財
南北朝時代
鐘身の高さ 116.0㎝、口径67.3㎝で、南北朝時代の1363年(正平18)、大中臣弘義によって造られた鋳銅製の鐘。鐘身上部の笠形の盛り上がりがやや小さい感じもあるが、全体として均整のとれた形をしている。上帯は無文であるが、下帯には櫛歯状の縦の刻文がある。袈裟襷(けさだすき=縦帯と中帯)に珠文(乳状の突起の列)を作り、唐草文を施している。
この鐘がある松岳山「正法寺」は、花山法皇と縁のある寺と伝えられる古寺で、鐘の銘文は釣鐘の本質を表し、大内弘世と長門の覇権を争った厚東一族の滅亡寸前の消息を物語るものとして、文献的に高く評価されている。
南北朝時代の1363年、大中臣弘義によって造られた銅の釣鐘です。
鐘身の高さは116㎝、口の直径は約67㎝です。
この鐘がある正法寺は、花山法皇と縁があると伝えられる古い寺です。
鐘の銘文から、長門国をめぐって大内弘世と争った厚東一族の滅亡寸前の様子を知ることができます。
銅鐘
工芸品
昭和41年6月10日(山口県教育委員会告示 第5号)
山陽小野田市大字山川
宗教法人 正法寺
南北朝時代(正平18年)
一口
大中臣弘義
鋳銅、笠形の盛りはやや小さい感があるが、均整のとれた輪郭をしめす。上帯は無文。袈裟襷に乳状の突起の列を作り、唐草文を施し、草の間を省略した形で、下帯に櫛歯状の縦の刻文をつくる。駒の爪の出はやや大で、撞座は八葉複弁である。乳は4段4列。
鐘身総高 116㎝
龍頭高 27.8㎝
笠形径 40.0㎝
口径 67.3㎝
長門国松岳山正法寺 聞鐘声者 生知断惑 増長菩提 消苦除難 出離火坑 成願満望 済度郡類 正平十八■姑洗初八日 大工大中臣弘義
大願主律師圓日 大檀那長門守武貞 院主阿闍梨圓慶
松嶽山正法寺は花山法皇由縁の伝もある古寺で、同寺の古文書は「正法寺文書」として著名である。また、前記の鐘銘は、長門侵攻を図った大内弘世と長門の覇権を争った厚東一族の滅亡寸前の消息を物語るものとして、文献的価値も高く評価されている。
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