紺紙金泥法華経
こんじこんでいほけきょう
山口市
県
有形文化財
平安時代
本紙は紺紙に銀で線を引き、これに金字で経文が書かれている。
遍明院は、はじめ盛光院と呼ばれ、1562年(永禄5)秋穂盛治が大内義弘、義興、義隆、義長および父・盛光の霊を祀るために建てたものであるが、江戸時代になって、毛利輝元の夫人(清光院)と同音であることをはばかり、今の寺の名前に改めた。
もとは、秋穂正八幡宮の社坊にあったが、明治初年の神仏分離令により、仏教関係の宝物が同院に移された。
県内で現存の写経としては、年代的にも古く貴重である。
この書は、青い紙に銀で線を引き、これに金字でお経が書かれています。
遍明院は、はじめ盛光院(せいこういん)と呼ばれ、1562年に秋穂盛治が大内氏一族や父・盛光の霊をまつるために建てたものです。が、江戸時代になって、毛利輝元の夫人(清光院・せいこういん)と同じ発音であることから、今の寺の名前に変わりました。
もと、秋穂正八幡宮にありましたが、明治初年に仏教関係の宝物が同院に移されました。県内に残っているの写経としては、年代としては古いものです。
時代は、平安時代後期です。
紺紙金泥法華経
書跡
昭和53年12月22日(山口県教育委員会告示 第11号)
山口市秋穂西6534番地
宗教法人 遍明院
平安時代後期
八巻
【製作者】 筆者・願主は不明であるが、全巻一人の手跡ではなく、二人以上複数によって書写されたようである。
【形状・品質】
紺紙金泥書、巻子装
各巻とも表紙は紺紙に金銀泥の宝相華唐草文、見返しは紺紙に金銀泥で釈迦説明図など経意にちなんだ仏・菩薩などが描かれている。本紙は紺紙に銀で界線を引き、これに金字で経文が書かれている。
【寸法】
巻名 1 2 3 4 5 6 7 8
縦 25.6 25.6 25.6 25.6 25.6 25.6 25.6 25.6
横 916 1086 1027 896 974 795 867 758
(単位:cm、横の長さは表紙部分も含む。)
各巻の本紙は長さ47~55cmの長さの紙で継がれている。
各紙の界線の寸法は、罫高19cm、幅1.8cm。
各紙の天地のあきは、上方3cm、下方3.6cm。
本文は一行17字詰めであるが、五字偈などの部分は20字詰めである。
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