木造義翁和尚倚像
もくぞうぎおうおしょういぞう
萩市
県
有形文化財
室町時代
萩市大照院に蔵されている。ヒノキ材の寄木造りで、総高は69cm。円頂で彫眼である。法衣をつけ、袈裟をかけて曲に坐る。
裳先裏に墨書銘があり、これによると歓喜寺開山の義翁和尚は建武2年(1335)に逝去したが、その没後113年目の文安4年(1447)にこの像を造立するとある。義翁は鎌倉の建長寺の住僧であったが、正慶・建武のころ(1332~36)萩に来てこの地にあった天台宗の観音寺を臨済宗の歓喜寺に改めたのである。
深く刻まれた額のしわ、眉をよせ前方をにらむ鋭い眼光、たくましい鼻、ひきしめた口許などには傑僧の気魄がうかがわれる。
萩市の大照院にあります。
ヒノキを材とした寄木造りで、像の高さは69cmです。
裳先の裏に墨で書かれた文字があり、これによると歓喜寺の開山(かいざん=お寺をひらいた僧)である義翁和尚は1335年になくなりましたが、その死後113年目の1447年にこの像をつくったとあります。
義翁は鎌倉の建長寺の住僧でありましたが、1332~36年ごろ、萩に来て、この地にあった天台宗(てんだいしゅう)の観音寺を、臨済宗(りんざいしゅう)の歓喜寺に改めました。
木造義翁和尚倚像
彫刻
昭和53年12月22日 (山口県教育委員会告示 第11号)
萩市大字椿4132番地
宗教法人 大照院
文安4年(1447)
一躯
檜材、寄木造り。
挿首(後頭部矧付け)。彫眼。胡粉彩色(後補)。頭部は一材丸彫。体部は前後二材、両肩部で別材を矧ぐ。像底部をのこして内刳り。裳先は別材矧。首廻りの材が落失。
総高(頭頂~裳先) 69.0cm 膝 張 37.5cm
坐 高 44.0cm 裾 張 46.5cm
面 長 14.0cm
裳先裏に以下の墨書がある。
建武二年乙亥十一月戊子朔廿二日庚午御入滅
滅后百十三年始而奉造立
于時文安四季丁卯五月廿二日記焉
卵塔建立文安第六龍集己巳秋八月一日
作事始之同廿九日造畢則時奉安置者也
住山毘丘 (花押)
前圓覚千英叟祐俊 奥州人事
勸喜寺開山義翁和尚之尊像
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