木造地蔵菩薩坐像
もくぞうじぞうぼさつざぞう
田布施町
県
有形文化財
室町時代
田布施町の蓮華寺に安置されている。ヒノキ材の一木彫り寄木造りで、像高は78.4cmである。右手はまげて斜め前方にたて、錫杖をとる形、左手はまげてひざの上に出し、手の平を上にして宝珠を持つ形だが、いま錫杖(しゃくじょう)、宝珠は失われている。法衣を両肩にかけ、蓮座に坐している。胎内に墨書銘があり、貞和6年(1350)に法印宗恵を施主として、大仏師沙弥仏性が制作したということがわかる。はぎ目がいずれもかすがいや竹釘であるため像の解体が可能である。そのため木寄せの模様がみてとれるのはありがたい。彫法は写実的で、鎌倉時代の特色がよくあらわれている。
田布施町蓮華寺に安置されています。
ヒノキを材とした一木彫り寄木造りで、仏像の高さは78cmです。
像の中に墨で書かれた銘文があり、1350年に「大仏師沙弥仏性」がつくったことがわかります。
はぎ目がいずれも竹釘やかすがいで、像の解体が可能であるため、木寄せの模様がみてとれます。
南北朝時代につくられていますが、鎌倉時代の仏像の特色をのこす写実的なものです。
木造地蔵菩薩坐像
彫刻
昭和57年11月5日(山口県教育委員会告示 第4号)
熊毛郡田布施町大字上田布施2477番地
宗教法人 蓮華寺
貞和6年(1350)〈南北朝時代〉
一躯
「大佛子沙弥佛性」
【形状】
・本体……円頂。白毫相(水晶嵌入)をあらわす。彫眼。耳朶は鐶。三道を刻む。右手は屈臂して斜め前方に立て、五指を握る(錫杖を執る形)。左手は屈臂して膝上に出し、掌を仰いで五指をのばす(掌の中程に小穴があり、宝珠を棒持していたと思われる)。法衣を通肩に着け、右足を外にして結跏趺坐する。
・台座……前面から両側にかけて、裳のひろがりの下に間弁付きの単弁の反花を一段にあらわす、あまり例を見ない裳懸座である。・本体……ヒノキ材の一木造り。頭体の主幹部を両腕の下膊中央部までを含めて竪一材から彫出し、耳の後を通って地付部まで頭体を前後に割り、大きく内刳りして矧ぎ寄せる。左右の外側に垂れる袖部に別材を矧ぎ、右肩にかかる法衣の下部にも小材を補う。左右共、下膊中央から先にかかる袖部は別材とし、手首から先をその袖部に丸差とす。
膝前は裳先を含めて横一材から彫出し、裏面は大きく縁を残して刳り腹下に矧ぎ寄せる。体部と膝前の矧目にはそれぞれ頭頂(1)、両肩、下膊中央上、臂下外側、腹下(以下左右各1)の計9ヶ所に鉄の鎹を打込んだ跡が残る。外側の両袖に各3ヶ所、下膊にかかる両袖に各1ヶ所矧付けのための鉄釘を打ち込んだ跡が残る。
右手の第五指先、左手の第二、第五指先を欠失。裳先の両膝の外側下を廻る部分に小材を補ったと見られるが、補材を欠失している。背板の襟下18.3㎝の位置に6.7㎝×6.3㎝角の埋木がある。摺仏を胎内に入れた穴を埋木したものではないかとの説もあるが、節穴を埋めたものとも思われる。
・台座……ヒノキの横一材から彫出する。後方の左右の端に鎹の跡が見られるので、小補材が矧ぎ付けられていたと思われるが、欠失している。
・彩色……像の表面に直接白土の地塗りを施した上に彩色したと思われるがそのほとんどが剥落し、多くは素地をあらわしている。その上一面に黒く煤けており、黒地蔵の呼称があるほどである。
なお、体部、膝前の矧目が離れており、袖部・手首から先・裳先・台座に虫穴が散見するが、保存は比較的良好である。
単位cm
総高…83.7
髪際下高…69.5
頂上~顎…24.8
面長…16.2
面幅…15.0
耳張り…18.8
面奥…19.8
肩張り…37.4
像高…78.4
胸厚…19.2
腹厚…24.5
膝張り…56.5
膝高…12.8
膝奥…46.6
裳先奥…52.3
臂張り…46.8
〈台座〉
前幅…79.0
厚…5.8
奥行…50.5
(1)胎内前後につぎの墨書を見る。
〈前部〉
自正安二季庚子十月
至貞和六年庚寅十二月分
首尾五十一年之間一万八千六百躰也
毎日一尊奉摺地蔵菩薩尊像也彼
本尊腹内籠也
右意趣者為先考先妣等幽儀有縁無縁
過去幽霊證大菩提乃至法界有情類上自
有頂下至無問平等利益殊別信心施主
法印實恵現當二世所願皆令満足□(者カ)也
〈後部(背板裏)〉
貞和六年歳次庚寅二月十五日彼岸中
施主法印實恵(花押)
大佛子沙弥佛性
大檀那比丘尼西妙
(2)右袖矧部につぎの墨書を見る。
明治四十二年旧十月九日記ス
南無地蔵大菩薩
當山廿一世住譽純栄
助ケ給へ 書之
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