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文化財の概要コンテンツ

文化財名称きゅういとうひろぶみてい
旧伊藤博文邸
指定県指定
市町光市区分有形文化財時代明治
一般向け
説明
 光市束荷に所在する。桁行14.6m、梁間9.1m。寄棟造、二階建。全体的には洋風建築であるが、二階西側に八畳と六畳の和室を配し、それらの西・南側に廊下をつけ、背面に和式便所を付け、二階全体を西側半分程を和風に造りあげたところに、この建築の特色がある。
 明治末年、伊藤博文が先祖の三百年祭に当たり、「家屋」を建築し、「将来、図書館用に供する」と命じたのが建築の契機であるといわれ、1909年(明治42)3月に工事が始まり、10月23日に家屋の上棟式をおこなった。伊藤博文は10月26日にハルピンにおいて死去するが、建物は翌年5月に落成し、11月には遺族が三百年祭を行っている。この工事は伊藤自身の設計にもとずき、沖田・原田がその任に当った。下関清水組が請け負い、その総工費は21,291円であった。
小学生向け
説明
 光市束荷にあります。全体的には洋風建築ですが、二階など一部を和風に造りあげたところに、この建築の特色があります。
 明治時代の終わりごろ、伊藤博文が、先祖の三百年祭に当たり「家屋」を建築し、「将来は図書館に」と命じたのが建築のきっかけであるといいます。1909年(明治42)3月に工事が始まり、10月23日に家屋の上棟式をおこないました。ところが、その三日後の10月26日、伊藤博文はハルピンで亡くなりました。邸が完成したのは、その翌年5月のことです。
画像<旧伊藤博文邸>縮小画像(オリジナル画像表示リンク)

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