一般向け 説明 | 8月31日の二俣神社八朔祭に、青田の成育を祈って、5年または7年毎に奉納される踊り。 今からおよそ300年前、現在の都濃郡一帯が周防国角郡と呼ばれていたころ、鹿野、長穂両村の中心に位置する大向村二俣に、大物主大神・八千矛大神・櫛稲田姫大神の3神を祀る「延喜式内二俣神社」があった。当時、鹿野と長穂の両村には、祭りが行われる神社がなかったので、二俣神社で行われる祭りに参詣していたが、ご神体を自分達の村へ移したいということから氏子の間で争いとなり、ご神体が川に捨てられるという事件が起きた。その後、大飢饉となったので、村人達が集まって相談した結果、醜い争いから起こった神の怒りに対するお詫びとして、お伊勢参りをすることになり、その途中で見た踊りを習い覚えて、村に持ち帰った。村の若者を集めて踊り子とし、7日間、身を清めた後、二俣神社に踊りを奉納して五穀豊穣・厄病退散を祈願し、神のご加護を受けたのがこの踊りの始まりであると言われている。 |