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文化財要録コンテンツ

名称関連文化財名称鰐口
要録名称

鰐口 

天文元年壬辰十一月二十八日

葦屋津大工大江宣秀の銘がある。 

指定関連指定区分・種類有形文化財(工芸品)
指定年月日平成1年10月24日
所在地関連所在地

下関市長府川端1丁目2番5号

(下関市立長府博物館)

所有者関連所有者宗教法人 美栄神社


文化財詳細
制作等の年代又は時代
天文元年(1532)

製作者
筑前国芦屋鋳物師大江宣秀

由来及び沿革

 美栄神社は創建不詳。出雲大社より勧請したと伝えられ、古くは妙見社と称した。現社名に改まったのは、享和3年(1803)のことである。

 『防長寺社由来』清末領楢崎村妙見宮の項(延享4年<1747>書上げ)に「鰐口 天文九 大工葦屋津 宣秀」の記事がある。

 なお、同社には応永年間の奥書(「奉施入長州貴飯山妙見之下宮」「応永三十二年(1425)乙巳霜月廿日大願主安養坊沙門□軒法眼宗全」など)をもつ大般若経が伝わる。



品質及び形状

(品質・形状)

 鋳銅製、通形の鰐口である。

 鼓面は表裏ともに子持筋で撞座区・中区・銘帯の3区に分ける。撞座区中央に八葉蓮華文(蓮弁は二重の単弁で、花弁と花弁の間は間弁が配される)の撞座(陽鋳)を設け、その中房には、中央に1個、周囲に5個、計6個の二重丸形の蓮子があしらわれる。銘帯及び中区に別記のような銘文が陰刻される。

 耳は片面交互式で耳状。目は外縁に覆輪状の盛り上りを見せ、その切り口は楕円形をなす。左右の目の中心を結ぶ線は撞座の中心より下を通る。唇は出及び幅とも小さい。

 肩と胴の中央に表裏を合わせる継目が明瞭で、さらに肩の中央には湯口の痕が認められる。

 なお現状では、裏面肩下の銘帯部分に極小の穴が認められるほか、左右の目から撞座に向って亀裂様の線が走る。

(寸法)

 単位=cm

総径(肩~唇) 35.7 面径 34.3

面厚 12.3 撞座径 6.1~6.2

肩幅 6.7 耳幅(左) 7.9

耳幅(右) 7.8 耳高(左) 3.9

耳高(右) 3.4 耳穴径(左右とも) 1.9

耳厚(最大、左右とも) 1.1 耳の出(左) 1.8

耳の出(右) 2.0 目径(長軸長) 左6.8 右6.8

目径(短軸長) 左5.0 右5.3 目の出 左1.8 右2.0

唇出 0.6

口開 1.1 唇幅 0.5  



銘文

(1)表

 〇銘帯

 「欽奉懸鰐口一基長門国豊東郡崗枝郷貴飯山北辰」

 「十方檀那以扶助成就者也天長地久御願圓満如意吉祥」

 〇中区

 「妙見大菩薩御寳前」

 「勧進沙門宋英俊智敬白」

(2)裏

 〇銘帯

 「 天文元年壬辰」

 「十一月二十八日」

 「葦屋津大工大江宣秀」

 〇中区

 「代三貫伍百文也」

 [注]表の中区「…敬白」の下に「英」の墨書が認められる。



参考情報関連
参考情報

 大江宣秀の作例(現存)

①松梅図真形釜(鋳鉄製) 永正14年(1517)

 「芦屋本金屋大工宣秀}東京根津美術館(高野山宝幢院寄進)

②梵鐘(鋳銅製) 享禄3年(1532)

 「葦屋金屋大工大江宣秀」山口市興隆寺

③鰐口(鋳銅製) 天文3年(1534)

 「葦屋金屋大工大江朝臣宣秀」山口市今八幡宮

④香炉(鋳鉄製) 天文3年(1534)

 「大工葦屋大江宣秀」大阪府個人蔵(伊勢山田十一面寄進)

※山口県下の佚亡例

・山口市興隆寺蔵(『防長風土注進案』所載)

  鰐口 天文2年(1533)「葦屋本金屋大工大江宣秀」




地図



画像
<鰐口>関連画像001(オリジナル画像表示リンク)

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