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文化財要録コンテンツ

名称関連文化財名称鉄錆地六十四間筋兜鉢
要録名称鉄錆地六十四間筋兜鉢
指定関連指定区分・種類工芸品
指定年月日昭和42年7月4日(山口県教育委員会告示 第12号)
所在地関連所在地岩国市横山2丁目10番27号(岩国歴史美術館)
所有者関連所有者財団法人 岩国歴史美術館


文化財詳細
制作等の年代又は時代
戦国時代以後の形式を帯びて安土・桃山時代

員数
一頭

品質及び形状

〔材質〕 鉄錆地

〔間数〕 六十四間筋兜鉢

〔張数〕 64枚張

〔合目〕 前正面

〔響穴〕 4個

〔四天鋲〕 4点

〔高勝環〕 欠失

〔三光鋲〕 鉄錆地丸頭鋲

〔眉庇〕 鉄錆地出眉庇

〔銘〕 鉢裏真向宗家作、後中天正六年十二月日

〔要害板〕 各長 4.6㎝、各幅(広)1.4㎝、(狭)1.0㎝

〔立物台〕 鉄錆地祓立台

〔受張〕 欠失

しころ〕 欠失



寸法又は法量

兜鉢高 11.9㎝ (天辺孔~腰巻下縁  13.4㎝)

兜鉢径 前後 22.3㎝、左右 20.7㎝

頂辺孔径 前後 2.2㎝、左右 2.1㎝

腰巻幅 広 2.2㎝、狭 2.0㎝



参考情報関連
参考情報

 鉢裏真向に「宗家作」、後中に「天正六年十二月日」の銘がある。

 宗家は明珍派宗家19代にあたり、名は久太郎、近江の安土に住み、のち江戸に移り住んだ。明珍は平安時代に初代宗介が京都九条に住み、近衛天皇からその号を賜わったものといわれ、甲冑師、鐔師の家としては名門である。




地図



画像
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